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父の仕事展準備あれこれ

父は美術学校を卒業してすぐ、横浜シネマ研究所(商会)に就職した。

社長が上海で観たディズニーの映画に触発されて、

日本で初の長編アニメーション映画を作ることになっていた。

小金丸は巌谷小波の原作の冒険物語。

父はその背景を描いていたようだ。

その頃の写真が出てきて驚いたのは、その頃すでにエアブラシを使っていたことだ。

写真は小さなものだったけど、展示に使うべくパソコンに取り入れて拡大してみると、

手に持っているのは間違いなくエアブラシ。

今のようなボトル式のボンベではなく、

コードの元には大きなコンプレッサーがそなえてあるはず。

 

私たちも昔、古い家を今で言うコワーキングスペースみたいに使っていた頃、

どこからか友人が巨大なコンプレッサーを持ってきて、

塗装やら、デザインやらに使っていたことを思い出した。

あまりに大きなものなので、私たちはそのコンプレッサーを『ブタ』と呼んでいた。

それと多分同じようなものを父が使っていて、

しかもアニメーションの背景を描いていたなんてびっくり。

写真を観るのに拡大するのが簡単になったので、こうした発見があることも驚きだ。

 

 

 

父の仕事展をしようと思ったきっかけは不在になる実家を片付けていた時。

箱いっぱいの父の仕事の資料が出てきた時だ。

処分のことばかり考えていて、だいぶ捨ててしまったのが今となれば口惜しい。

けれども一応全部目を通したつもり。

昭和17年の文化映画という雑誌に、

横浜シネマ商会の製作中のアニメーション映画『こがね丸』の広告が出ていた

この広告のページを見つけた時にとりあえず写真を撮っておこうと思ってよかった。

雑誌は確か早稲田演劇資料館に納めたと思う。

ここに父下林教生の名と、後の『しょうぼうじどうしゃじぷた』の作者の

最上忠敬(山本忠敬)の名前が掲載されているのは嬉しい。

けれども軍の要請で他の映画をとることに忙しくなったのと、社員に父のように召集されたものがいて、

このアニメーション映画は未完に終わった。

けれども、こういう映画を作ろうとした人たちが、

戦争まっしぐらの時代にもいたということを、記憶に残しておきたいと思う。

 

 

次の展示、下林教生の仕事展 POP-UPの世界展は

後の仕事、ペーパーエンジニアリングのものが中心となるが、

それまでの軌跡も残された資料を解明しつつ展示しようと思う。

どうぞお出かけください。

私たちもいい展示ができるよう、頑張ります。

2020.02.24 Monday|-|by アトリエ木里


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